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DONATION (寄付1,000円)→「BLURとOASIS: クール・ブリタニアとブリットポップの時代 Part2」音声データ[92分49秒]

1,000円

※こちらはダウンロード商品です

blur_part2.mp3

212MB

◆合同会社The Sign Factory活動全般への支援――「寄付 1,000円」のコースです。ご支援いただいた方は、以下の音声データをダウンロードしていただけます ◆音声データの長さは1時間32分49秒です ◆本音声データは「BLURとOASIS: クール・ブリタニアとブリットポップの時代 Part1」の後編にあたります ◆この音声データの当初の仮タイトルは「BLUR /クール・ブリタニア以前・以降から現在まで(とオエイシス)」。第二次世界大戦後に世界中の植民地を失って以来、50年間ずっと経済的に下降し続けた「斜陽の大英帝国」イギリスが、80年代初頭のサッチャー政権が掲げた新自由主義政策を引き継ぎ、中道左派政権として生まれ変わった労働党(ニュー・レイバー)が国家ブランド戦略「クール・ブリタニア」を打ち出した時代、その結果、戦後初めて未曾有の経済成長を成し遂げた時代に、そうした社会的/政治的変化の渦中で、ポップ音楽がどのように変質したのか?――という問いから出発します ◆70年代後半――ポップ音楽史においてはパンクの時代までは「移民と福祉の国家」だったイギリスが、60年代半ばの「スウィンギン・ロンドン」の時代以来、世界から注目を浴びることになった95年から97年にかけてのほんの数年間。この時代の前夜に、何故BLURは、その後「ブリットポップ」と名付けられることになる音楽的意匠をいち早く意図的に打ち出したのか? 当時のアメリカとイギリスの音楽のいかなる関係がその背景にあったのか? ニュー・レイバーによる「クール・ブリタニア」戦略にいち早く飛び乗ったアラン・マッギーが主催する〈クリエーション・レコード〉に所属していたOASISは、この政治的/経済的なうねりをどのように利用し、どのように利用されたのか? 果たして、この「ブリットポップ」という時代に、もっとも文化的な功績を残した作家/バンドは結局のところ誰だったのか?――このような問いに向き合っていく前後編合計「153分26秒」の後編パートがこちらです ◆ 登壇者はアジアン・カンフー・ジェネレーションのフロントマン後藤正文、音楽や映画の執筆・編集を生業とする粉川しの、編集者/ライター/写真家/YouTuberの照沼健太。ホストは田中宗一郎です ◆番組ディレクター/編集:木村美穂 ◆弊社が完全DIY体制で製作するポッドキャスト番組The Sign Podcastの継続のために是非ご支援をいただければと思います ◆弊社The Sign Factoryは、ポッドキャスト番組The Sign Podcastや、音楽メディアThe Sign Magazineを製作・運営するほか、SpotifyオリジナルポッドキャストPOP LIFE: The Podcastの制作にも一部関わっております ◆お支払い方法は、クレジットカード、PayPay、コンビニ決済、PayPal、銀行振込、キャリア決済(ドコモ払い、auかんたん決済、ソフトバンクまとめて支払い)、楽天ペイからお選びいただけます

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